Nicotto Town


木漏れ日の下


気狂いピエロ【9】

想像した事があるだろうか。受け取った小包に、第一関節から切断された女性の指。そして、見覚えのある指輪。ジェシーは言葉を失った。デスクに置いた小包の中身を漠然と見据え、投げる事も、動く事もできない。
その指と指輪に見覚えがあった。一週間前――プロポーズした彼女に渡した、婚約指輪。
みるみる内に青ざめていく婚約者の背中は、以上な程小さく、そして誰も寄せ付けない欠乏感を漂わせていた。長身のジェシーの背中が、あんなに小さく見えたのは、これが初めてだった。
そんなジェシーの異変に気付いた同僚が、箱を覗き込んだ瞬間「な、なんだこりゃ! 指だ! 人の指だ!」当然の様に、どよめきが起き、騒ぎ立てる人々から孤立していくジェシーの方に、ベルカは冷静な言葉を紡いだ。

「ジェシー。手紙が入ってるわ」
 箱の中にはピンク色の封筒が一枚入っている。ピエロのシールが貼られた、いかにもふざけた風貌の封筒。
「……」
 乱暴に封を切り、内容を確かめるジェシー。

「畜生! 殺す! 殺してやる!」
 目を充血させ、酸欠状態にも見える程、目に絶望を滲ませて叫ぶ。怒りに身を任せて手紙を破り捨てようとしたジェシーの手を制し、ベルカも内様を確かめる。一瞬だが、人々のどよめきが、止まった。
 内容は、こんなものだった。

【親愛なる邪魔者のお二人へ。プレゼントは喜んでいただけましたか? 僕の邪魔をすると、こうなるんですよ。メール、本物と間違えて焦ったでしょ。君は、まだまだ僕の目的を知らないはずだ。
 僕は、気狂いピエロ。君達は僕の崇拝者を死なせたから、また一人、君達の大切な人を貰う。これからも楽しい喜劇をプレゼントするから、楽しみにしててね。あ、婚約者さん。君のフィアンセ、綺麗に切れたよ。今度は、胴体と頭を送るから、待っててねー】

 馬鹿にしている。文体を見て分かる通り。心の底から、怒りを誘う、極めて馬鹿にした手紙。湧きあがる怒りを抑えきれず、勢いよく手紙を握りしめると、ゴミ箱に放り込んだ。この犯人だけは、なんとしても、捕まえて極刑にしなくてはならない。
先程送られてきたメールも、全てピエロが送ってきた物。その時既に、ルイーナは……殺されていた。

夜が、当然の様にやってきた。
 辺りは深い闇に包まれ、街灯の明かりには無数の蛾が群がり舞う。降り積もった雪が足を掴み、なかなか進まない。マフラーに埋めた顔が、身を切る様な風で痛い。いつもと変わらない、冬の夜だ。
だが、一つ違う事がある。ここ一週間、ずっと隣を歩いていたジェシーの姿が、無い。その代わりに、今隣を歩いているのは、コールだった。

「ごめんなさいね……。送らせて……」
「いえ、気にしないでください。俺なら大丈夫ですから」
「……ありがとう」
 コールは優しく微笑み、静かに前方に広がる闇を見据える。冷たく、何もかもを呑み込んでしまいそうな巨大な闇。まるで、大きく口を開ける殺人ピエロの狂気の様にも見えた。
「ジェシーさん……大丈夫でしょうか」
「……大丈夫よ。あいつは、以外に強いから」
「ですよね。あの人は強い人だ。きっと、犯人を捕まえてくれます」
「捕まえるだけで済めば良いんだけど……。きっと、殺すわよ、あいつ」
「あ……。俺も、多分、大切な人を殺されたら……そうするかもしれません」
「……」

 今日、ジェシーはベルカの家に行かないと宣言するや、そそくさと署を後にして、その後の消息はつかめていない。そして、ジェシーの代わりに護衛を任されたのが、コールだった。
初め、ベルカはそれを拒んだが、上司命令で断り切れず、今に至っている。目指しているのは、ベルカのアパートだ。

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