Nicotto Town


木漏れ日の下


クリムゾン4

 コーヒーを飲み終え、ふと近くの窓に視線を移すと、雨が降っていた。気づけば二時間、ロコじいと話しをしている。時間を感じた瞬間、身体が思いだしたかの様に、ある欲求を訴え始めた。いい加減止めなくてはと思っていても止められない物、そう、煙草だ。
 煙草を吸い始めたのは16の時。ロコじいが吸っていた煙草を密かに吸っていたのが始まりだった。吸っているのがばれてこっ酷く叱られたのは、今では良い思い出だ。
リーベは一日40本、二箱を開ける、正真正銘のヘビースモーカーだ。幾度となく医者に止めように言われても止められない。いつかはこの煙草に食い殺されるのだろうと覚悟しながら吸っている。好きな事を止めて生きるよりも、好きな事を、物を使って死にたい。それがリーベの考えだった。まぁ、この考えをすんなり受け入れる人間はなかなかいないが。

「ロコじい。煙草吸ってくる」
「お前、少しは本数を減らさないと不味いんじゃないのか?」
「言えた口かよ……」
「わしは一箱しか吸わん」
「それでも20本だ」
「わしはもう良いんだ。十分生きてるんだからな」
――もう十分生きた。
 この言葉がロコじいの口から出た瞬間。とてつもない恐怖と悲しみが身体を支配した。小さい頃から、ロコじいは父であり母だった。この世で一番信頼でき、大切な存在。それが、逃れる事のできない死によって、消えてしまう。そう考えただけで、不思議と涙腺が緩んだ。
「まだまだ生きろよ。俺が……先に食い殺されるまでさ」
「嫌だね」
「何で……」
 顔を見られたくなかった為、背を向けて問うと、背後からまるで嘲笑うような声で。
「お前が先に死んだら、誰がわしの最後を見届けてくれるんだ?」

――そうか。
 リーベの口から出た言葉は、それだけだった。震えていたかもしれない。まるで、今にも泣きだしてしまいそうな子供の様に、幼く惨めな、情けない声をしていたかもしれない。居た堪れなくなって、急ぎ足気味にドアへと向かう程、冷静ではいられなかった。逃げている、自身は、また大切な人を失う事を恐れて背を向けている。どうしようもない程、自身が憎らしくなった。この大馬鹿者がと笑い飛ばしてやりたい――この、臆病者がと。
 勢い良く外に出て、ひんやりとしたその大気に身体をゆだねると、涙は自然と下がり、頭に上った血は落ち着いた。雨は止むことなく降り続いている。静寂の中に、只雨が道に叩きつけられる音だけが、響いていた。
 胸のポケットから、いつも吸っている煙草の箱を取り出し。一本縦に振って抜き出すと、古めかしいジッポライターで火を付け、その煙を静かに肺に入れた。焦らず、ゆっくりと。今日は、30本にしよう。そう、少しだけ頭の端で考えながら。

#日記広場:自作小説

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2010/05/14 02:43
一見、人嫌いのリーベの心中にある感傷的な部分が垣間見れたのがとても印象に残りました。
ロコじいの言葉に怖れを感じたリーベの姿が自然とアタマの中に浮かんできて、私の感情も少なからず揺さ振られました。



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