Nicotto Town


木漏れ日の下


短編小説②【水飴】

 夜。恋人達の待ち合わせ場所によく使われる噴水の前。明らかに浮いてる男が一人。
緩々の長袖Tシャツに、同じく緩々のジーンズ。履き古したサンダル。髪だけはさっぱり切ってあるものの。何処か抜けている、ぱっとしない髪形。手には小さな黒い鞄。
 これが、雑誌に取り上げられる程の写真家だと誰が思うだろうか。

「はぁ……」
 人込みはやはり疲れる。36歳になっても。人間嫌いは直らない。かれこれ20分ここにいるのだが、それだけでも、早く家に帰りたい。ふと、帰ってしまおうかという考えが浮かんだ――そう思った矢先。
「先生!」
 聞きなれた女性の声。
「……」
「すみません! 遅れてしまって」
 トマトが息を絶え絶えにしながら頭を下げる。何故だろうか、心の底から、安心した。トマトは、自分のこの格好を見ても嫌な顔はしない。それは愚か、普段から嫌みばかり言う男の誘いに応じて、来てくれた。メールで一言「夜、7時。白田噴水の前」だけだったのに。
「トマト……20分遅刻」
「すみません、電車に乗り遅れて」
 仕事があったのだ。それは、手に抱えている書類で分かる。
夜7時とは、出版社では普通に仕事をしている時間。それを、メールで、しかも一言で強引に呼び出した。本来なら謝らなければいけない状況だ、だが。

「……人が多い。行こう」
 言葉が出なかった。
 心の底では分かっているのに、言葉が出ない。本当に厄介な性格だと、自身で思う。
それでも、トマトは、素直に付いてくる。26歳、そこそこ良い歳の女性のはずなのに。トマトは、偏見を持たず。接してくれる。
それが本当に嬉しかったのかもしれない。本当に。
 暫く歩いて、店に着いた。
行きつけの焼き鳥屋。古びた外観に赤い提灯が目印。路地の端にあり、客はそこそこ入るものの、古株のサラリーマンが主だ。店をきりもりするのは同級生の親友。店は親友の実家で、高校卒業後、調理師の資格を取って店を継いだ。
中に入れば馴染みの笑顔と挨拶が迎え。私とトマトは、亭主の前、カウンターに横に並んで腰かけた。当然の様に親友である亭主がからかってくる。
「何だ、春風。今日はこんな美人連れて。デートか?」
「煩い」
「照れなくても良いだろうが、高校からの付き合いだろ」
「……良いから。生ビール二つと、俺はつくねと鳥皮の塩」
 自分の注文を言って、隣に座る彼女を見る。すると、赤くなっていた。
思わず困惑して目を逸らした。亭主のからかいを真に受けて、頬を赤くしているのがすぐに分かったのだ。私は、すぐさま亭主を見据え、目で知らせる。すると

「お連れさんの注文は?」
 やはり長年の付き合いである。すぐ空気を読んで、声を掛けた。お節介焼きのお調子者だが、本当に良い奴だ。口下手の自身とも普通に話し。こうして助けてくれる。本当に、この男には、助けらている。
トマトは、声を掛けられ、慌てて
「あ、じゃあ。ネギまのタレと鶉を」
 注文するや否や、運ばれてきていたビールを飲み。落ち着きを取り戻した。さて、これから。何を話すべきか。

                                               つづく……

③に続きます。
コメント、本当にありがたいです。

アバター
2010/05/30 03:01
作家ではなく写真家でしたね
恋は成就するか

──私なら破談にして苦みをだしますけれど。好みですからねえ。




アバター
2010/04/27 09:06
①より読みやすくなってるよー
春風は不器用で口下手で、でも決して悪い男じゃなくて‥
亭主やトマトに好かれてるし、少数でも理解者がいればそれでいいって感じかな
③が楽しみです^^
アバター
2010/04/26 23:59
うん、私はタン塩で♪

え?私には聞いてないって?



Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.